黄海の合戦

黄海の合戦跡の「中田」。写真右奥は、黄海小学校。

平安時代の後期初頭、岩手県を舞台に中央軍源氏と俘囚安部氏との間に国内を震撼させる戦いがあり、前九年合戦(1052~62)または前九年の役と呼ばれました。戦いのすぐ後に、京都の高官が戦いの様子を『陸奥話記』(軍記物)にまとめ、のちの多くの武将の必読書になりました。『陸奥話記』の一節に「同年(天喜5年=1057)11月、将軍(源頼義・陸奧守、鎮守府将軍)兵1800余人を率いて、貞任(安部貞任、奥六郡の主)などを討たんと欲す。貞任など精鋭4000余人を率いて、金為行(河崎の柵主)が河崎の柵をもって営(陣営)となし黄海にふせぎ戦う(現代文)」と記述されています。
『黄海村史』は、黄海の熊館に陣を張った安部貞任が将軍の退路を断ち、白幡に陣を張った将軍に中田で戦って大勝利したと記しています。岩手県の中で唯一、貞任が将軍に大勝利した古戦場です。
『陸奧話記』によると、この戦いにおいて将軍の部下6騎のみ生き残り、命からがら多賀城(国府)に逃げ帰ったといわれています。しかも、貞任の精鋭200余騎が将軍の部下6騎を包囲したにもかかわらず助けてやったのだといわれています。このことは、貞任は将軍と戦う気持ちが無く「売られた喧嘩」を買っただけであったことを示しています。
この黄海の合戦によって、源頼義・義家親子が生き残りましたが、義家は鎌倉幕府を開いた源頼朝の祖々々父にあたります。黄海の合戦で将軍兵が全滅していたら時代は大きく変わっていたと思料されます。

所在地 一関市藤沢町黄海字中田地内
連絡先 藤沢支所地域振興課
電話 0191-63-2111
FAX 0191-63-5133
交通アクセス(JR) 東北本線花泉駅下車、岩手県交通藤沢花泉線黄海公民館前バス停下車、徒歩1分
交通アクセス(車) 東北自動車道若柳金成インターから35分・同一関インターから40分
駐車場 なし
時間 なし
料金 なし