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治承4年(1180年)、源頼朝が伊豆で挙兵し源平合戦が始まり、義経は兄に加勢しようと平泉を発ちましたが、このとき藤原秀衡公は、優れた家来であった佐藤継信、忠信兄弟を従者に遣い、馬1頭を与えました。 この馬は「太夫黒(たゆうぐろ)」といい、現在の松川地区で生まれた名馬であると言い伝えられ、書物に記されています。 ○松川村名所旧跡書上(享保19年:1734年)【東山町史・資料編より】 一 大般若平(おおはんにゃひら) 但、此所より藤原秀平の御代、源九郎義経公みされし太夫黒と申す馬、出候由申伝候。大般若黒とも申候由の事。往還筋より見へ申候山也。
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治承4年(1180年)、源頼朝が伊豆で挙兵し源平合戦が始まり、義経は兄に加勢しようと平泉を発ちましたが、このとき藤原秀衡公は、優れた家来であった佐藤継信、忠信兄弟を従者に遣い、馬1頭を与えました。
この馬は「太夫黒(たゆうぐろ)」といい、現在の松川地区で生まれた名馬であると言い伝えられ、書物に記されています。
○松川村名所旧跡書上(享保19年:1734年)【東山町史・資料編より】
一 大般若平(おおはんにゃひら)
但、此所より藤原秀平の御代、源九郎義経公みされし太夫黒と申す馬、出候由申伝候。大般若黒とも申候由の事。往還筋より見へ申候山也。